キリストに倣いて(4.4.1 敬虔に聖体を拝領する者には多くの恩恵が与えられること)

 ああ主よ、私の神よ、「主の甘美なおん祝福をもって、主のしもべをお迎え下さい。」(詩編20.4) そうすれば私は、敬虔に、ふさわしく主の至誠な秘跡に近づくことができるでしょう。

 ねがわくは私の心を励まして主に向かわせ、私をこの重い遅鈍から救ってください。

 主の救いをもって私を訪れて下さい、そうすれば私は、泉におけるごとくこの秘跡のうちに豊かに隠されている、主の甘美さを霊に味わうことができるでしょう。

 また私の目に光を与えて、かくも大なる奥義を眺めさせ、私に力を与えて、ゆるぎない信仰をもってそれを信じさせてください。

 なんとなれば、これは主のみ業であって人のなし得ることではなく、主のとうとくもお制定になったことであって、人間の考え出したことではないからであります。

 じつにこれらのことは、諸天使の聡明さをもってしてもおよばぬところで、何びとも自分の力では知ることも悟ることもできないのであります。

 それをどうして、私のような取るに足りない罪びとで、塵と灰とに過ぎない者が、かように高く、聖い奥義を探ったり理解したりすることができるでしょうか?