キリストに倣いて(4.3.4 しばしば聖体を拝領するのは有益であること)

 ああ主なる神よ、すべての霊を創造りこれを生かしたもうあなたが、もったいなくも哀れな霊のもとに来たまい、あなたの神性も人性もすべてをあげてその飢えを満たして下さるとは、ああ、あなたの私たちを顧みたもうおん慈しみのほどはなんとおどろくべきでしょう!

 ああ、神であらせられる主を敬虔に拝領することができ、かつ主を拝領して霊的喜びに満たされることができるのは、なんという幸福な心、なんというしあわせな霊魂でしょう!

 ああ、その主君としてご歓待するのはなんという偉大な方でしょう、賓客としてわが家にご案内するのはなんという愛すべき方でしょう、同僚としてお迎えするのはなんという温厚な方でしょう、友として容すのはなんという忠実な方でしょう、配偶者として抱擁するのはなんという美しい、なんという上品な方でしょう!その方こそは、すべてに優って愛すべく、すべてに越えて慕うべきおかたなのであります。

 ああ私の最愛のおかたよ、ねがわくは天も地も、またそれを装い飾る万物も、すべてみ前に沈黙させて下さい、なんとなれば、これらにあるほめるべき点、美しいところは、なんでもみな主のおん恵みの賜物であって、かれらはご英知かぎりない主のみ名の麗わしさにはとうていおよぶべくもないからであります。