キリストに倣いて(4.5.3 秘跡の尊さと司祭の地位について)

 とうとい祭服を身に着けた司祭は、自分のため、ならびにすべての民のため、神に謙遜熱烈に祈願するキリストの代理者である。

 かれが前とうしろとに主の十字架の印をつけているのは、常にキリストのご苦難を忘れずにいるためである。

 かれがその祭服の前に十字架をつけているのは、一生けんめいにキリストのおん足跡を見つめて、熱心にこれを倣うよう努めるためである。

 かれがうしろに十字架をつけているのは、他人にどんなに気に障ることをされても、神のおんため柔和にこれを忍ぶためである。

 またかれが十字架を前につけているのは自分の罪を嘆くためであり、うしろにつけているのは、同情によって他人の罪を悲しむため、かつ自分がいわば神と罪びととの間の仲介者とされていることを知るためである。

 またかれは、恩恵とおん哀れみとを恵まれるまでは、祈りと聖なる献祭とをやめてはならない。

 司祭はミサを行なうとき、神をあがめ、諸天使を喜ばせ、教会のためになり、生ける者に力を添え、死せる者に安息を得させ、自分はあらゆる善にあずかる者となるのである。