キリストに倣いて(4.7.2 良心の糾明と遷善の決心について)

 嘆き悲しむべきは、あなたがまだかくも肉的世間的で、かくも邪欲に死んでいないことである。

 かくも情欲の衝動が頻繁で、かくも外部の五官をつつしまず、かくもしばしばつまらぬ空想にとらわれることである。

 かくも外界のことを好み、かくも涙と痛悔とにおもむきがたいことである。

 かくも弛んで肉の快楽を追うに早く、かくもきびしい生活をして熱心を起こすにおそいことである。

 かくも物ずきにめずらしいことを聞きたがり、きれいな物を見たがり、卑しいこと低いことを甘受したがらないことである。

 かくもむさぼって多く持とうとし、かくも与えることをおしみ、かくもにぎりしめて放そうとしないことである。

 かくも無分別に語り、かくも黙っていられないことである。

 かくもその挙動態度が無作法で、かくもそのすることなすことが過激に流れることである。

 かくもむさぼり食することである、かくも神のみ言葉に耳を傾けぬことである。

 かくも休むに早く、働くにおそいことである。

 かくも無益の雑談を聞くために夜をふかし、かくも目ざめて祈りをするときには眠りをもよおすことである。

 かくも急いで祈りを終わり、かくも注意が長続きせず、かくも粗略に聖務を唱え、かくも冷淡にミサを行ない、かくも感激なく聖体を拝領することである。

 かくも速かに気を散らし、かくも十分潜心することまれに、かくも立腹しやすく、かくも他人に不快を感じやすいことである。

 かくも人を審くに急に、かくも人を責めるに酷なことである。

 かくも順境に狂喜し、かくも逆境に弱り果てることである。

 かくもしばしば多くの善事を思い立って、しかもほとんどそれを果たさぬことである。